黒木陽子の「私はこんな海外ドラマを見てきた」 vol.1

  3月。春を感じさせる暖かい日。京都市立彗星小学校。
  体育館に3年生2クラス62名の児童が集まっている。
  児童たちの前に、俳優の黒木が立っている。
  「演劇やろうよ!」事業で派遣されているのである。

絹枝先生「じゃあ、黒木さんおねがいします」

  学年主任に促され、黒木は大きな声で挨拶をはじめる。

黒 木「彗星小学校のみなさんこんにちは!」
小学生「こんにちは!」
黒 木「私は、京都の“劇団衛星”というところで、舞台俳優をしています黒木陽子といいます。よろしくお願いします。私はね、海外ドラマを観るのが大好き!昨晩も、『クリミナルマインド』※1)シーズン8まで一気見してきました。もう、睡眠不足でふらっふら。頭の中は猟奇的殺人事件でいっぱいです!」

  担任のふたり(だめな大人の人だ)、という顔を隠す。

黒 木「だから、私のことは海外ドラマ人間、略して『海どん』って呼んでください。」
小学生「う、うみ・・どん・?(ざわざわする)」
海どん(黒木あらため)「それじゃ、海外ドラマの吹き替えみたいな呼び方で、『海どん』って呼んでください!せーの」
小学生「うみどーん!!」

  海どん、真顔になる。

海どん「Say my name….」※2)
小学生「う、うみどん・・」
海どん「(大声で)ユア、がっでむライト!!. 」

  ざわつく小学生たち。それを気にせず続ける海どん。

海どん「はーい、どうぞよろしくお願いしま?す。」

海どん「えー。今日、海どんがやってきた理由は・・先生からもう聞いたかもしれないけど、海どんは、みんなと演劇をつくりにきました!演劇作ったことある人!はーい。」
小学生「・・・。(何人かちらほら手をあげる)」
海どん「へー。けっこういるねえ・・・。じゃあ、そこのポテロング。」

  赤と黄に差し色の青が効いた服装の男児を指差す。

ロング「え?(ぼく?)」
海どん「そう。じゃあポテロング。はい、立って。何やった?」
ロング「え・・(いきなり立たされたので、もじもじする)」
海どん「ポテロングくん、いったいどんな演劇をおやりになったのか、答えてください。」
ロング「・・・えっと」

  ポテロング少年、小学3年生らしく戸惑う。

友 達「佐藤くん、ほら、1年のときに!」
ロング「(後ろに座っている友達に)え・・あ、うん。」

  まわりの友達が少年にあたたかい助け船を出すと・・・

海どん「(怒鳴る)黙れ!!!!」
小学生「ひっ!」
海どん「私は、ポテ=ローングに聞いている!!!他のものは口を開くな!!」

   一気に沈黙で満たされる体育館。
   海どんの声のみが響く

海どん「何をやった!!」
ロング「・・・。」
海どん「何をやった!!」
ロング「・・・おおきな・・・」
海どん「言え!!!」

ロング「おおきなか・・」
海どん「何を、やった!」

ロング「・・『大きなかぶ』※3)をやりました」
海どん「聞こえん!!もう一度!」

ロング「(大きな声で)大きなかぶ!」
海どん「なんだ?!お前は大きな蕪なのか?だから言えないのか?」

ロング「違います!」

海どん「じゃあ、言え!何の劇をやった?!」

ロング「『大きなかぶ』をやりました!!」

海どん「ロシア民話か」
ロング「はい!!」
海どん「ポテロングのお前がロシア民話か!」
ロング「はい!すみません!」
海どん「蕪の役か?」
ロング「いいえ、おじいさん役を、やらせていただきました!!」
海どん「よし!」
ロング「はい!」

海どん「じゃあ、ポテロング。ロシア人はお手の物だね」
ロング「え・・」
海どん「どうなんだ!!まさか、絹枝先生の指導は全部無駄だったって言いたいのか?」
ロング「は!」
海どん「絹枝先生!」
絹枝先生「(いきなり振られてびっくりする)は!」

   海どん、絹枝先生に歩みよってまくしたてる。

海どん「絹枝先生、ちゃんとロシアと日本の風土的差異からの対比手法による人物考察、言語学の見地からコミュニケーションパターンへの影響、当時の服飾からみるジェンダー的役割、そのほかもろもろ、ぜ〜んぶたたきこんだんだろう?」
絹枝先生「ん、ははい。」

海どん「どうだ、ポテロング」
ロング「はい、完璧なご指導を受けました!!」
海どん「よし、ポテロング、座れ!」
ロング「はい!!」

海どん「よし、じゃあこの衛星小学校3年生はチェーホフの『三人姉妹』※4)をやるよ!ポテロング、お前はボビークだ」
ロング「主人公ですか?」
海どん「赤ん坊役だ!」

海どん「さあ、一幕からいくよ!これを2週間で仕上げるんだ。6年を送る会に間に合わせるよ!」
先生たち「は・・へ・・・」
小学生たち「・・・・」

   体育館に海どんの怒号が飛び交う。
   子どもたちの目からどんどん生気が無くなっていく。

ーーー
さて。こんな『glee』※5)のスー先生みたいな人がいきなりやってきて、いきなりチェーホフの『三人姉妹』をやることになってしまった彗星小学校のみんな。19世紀末の帝政末期のロシア。ちょっぴりむずかしそうだね。
そんなみんなにオススメしたい海外ドラマは・・

これ。


そう、『ダウントン・アビー』。

このドラマの舞台は1910年代のイギリス。イギリスの貴族の館「ダウントン・アビー」を代々相続する貴族やその使用人たちの人間模様を描いています。
ロシアとイギリスという国は違えども、徹底的にリアルに描いているので、当時のヨーロッパの「階級社会」って「貴族」ってどんなものか、理解を深めるにはもってこいなんです。

私も実は、ずっーと『三人姉妹』の主人公たちの屋敷に人が出たり入ったりしていることや、彼女たちが求める「美しい生活」ってなんなのかピンとこなかったんですね。でも、このドラマを見てはじめて「そういうことか?!」と、わかりました。

「貴族」って、過去からの遺産を相続して、土地のものたちに雇用を生み出して、そして、「美しい生活」を送ることこそが彼らの生きる意味なんですね。あと、国王を守ることと。そして労働者側も、もちろんそれを当然のものとしているっていうことが本当に驚き。その美しい生活(狩りをしたり、毎夕食ごとに正装したり)を実現するために貴族に仕えることを誇りとしているのです。
いまの「勤労は国民の義務!」が当然だと考える私と、当時の人たちでは、大きな価値観の違いがあったのです。

このドラマは、世界大戦や技術革新を経てそういった価値観が変化していく、というのが大きな見所のひとつなんですが、

ただ単に「ええ?夕食のためだけに着替えるの!」
「医者や弁護士って職業が馬鹿にされている!?」
「侍女とメイドでこんなに身分が違うんだ・・」
ってびっくりすること間違い無しなんです。これって、異文化体験ってことですよね。

私はまだシーズン4までしか見ていませんが、(シーズン5で完結する)
時間がなければ、シーズン1の1話だけでじゅうぶん演技の参考になると思います。

彗星小学校のみんな、海どんと一緒に『三人姉妹』がんばってね!

(おわり)
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(書ききれない思い)
『ダウントン・アビー』は実家で両親が観ていたんですけどね。両親の観る海外ドラマに間違いなし、ですよ。役者さんもいいですし、衣装みるだけで楽しいし、タイタニック沈没から第一次世界大戦〜その後の時代を絡めて観られるのも歴史好きにはたまらないと思います。 あと、中高年が大活躍してくれるのが嬉しい。

注釈
※1)FBIの行動分析課のチームが自家用ジェットで全米を飛び回って1話につき1事件を解決する。アメリカ旅行をしている気になれるのでオススメ。
※2)『ブレイキング・バッド』という高校化学教師が覚せい剤を作り闇の帝王になる話で出て来る有名なセリフ。オススメ。
※3)有名じゃないほうのトルストイがロシア民話をもとに書いたお話。小学校劇の定番。大きな蕪がぬけなくて、猫まで駆り出される顛末を描く。果たして蕪はぬけるのか。
※4)ロシアの作家アントン・チェーホフが書いた戯曲。
※5)アメリカの高校グリークラブ(歌ったり踊ったりする部)のドラマ。スタンダードナンバーを改めてちゃんと聞けるのでオススメ。