劇団衛星おもしろ略歴

角丸

劇団衛星略歴

1995年6月

当時京都大学4回生だった蓮行を代表に結成。最初のミーティングは、連絡の不行き届きなどもあり、出席者3人というこじんまりとした始まりとなった。 当時は劇団員100人集めることを目標に、別のサークルや劇団との掛け持ちも大々的に奨励。

衛星歴2年(1996年)10月

旗揚げ当初は、毎月行う公演「月極発表会」(廉価な入場料あるいはカンパ制での公演)と、いわゆる本公演としての「興行」(きちんとチケットを販売しての公演)の2種類の公演形態で活動していたが、毎月公演をするのは無理…、という当たり前のことに1年経ってようやく気づき、「月極発表会」を「実験劇場」と改称。

衛星歴3年(1997年)11月

京都大学学園祭にて、それまでの10作品を一挙上演する劇団独自の演劇祭「大実験劇場」を実施する予定だったが、会場である教室の使用方法について大学当局と折り合いがつかず、強行を試みるも、本番前日深夜に中止が決定。(翌98年1月に同企画はリベンジ実施。)

衛星歴3年(1997年)12月

代表・蓮行、ロッテの「小梅ちゃん俳句大賞」を受賞。彼の唯一の受賞歴。ちなみに、その頃に高知で高校生してたとある女子が小梅ちゃんのパッケージで件の俳句を見て「キモ!」と引いたらしいが、現在はその代表のもとで制作の仕事をしている。

衛星歴4年(1998年)10月

初の大阪公演・初の大ホールでの公演で、大舞台の上に水を張ったプールを持ち込み、シャンプーを敢行する。ホ−ルのスタッフさんに心配される。

作衛星歴4年(1998年)11月

京都大学学園祭での公演では会場前に長蛇の列ができ、初期劇団衛星が一番ノリにノっていた時期。翌12月には、大阪・扇町ミュージアムスクエアにて「脳天気番長出馬する」を上演。「扇町アクトトライアル'98」の最大の動員を誇り、衛星の一つの転機とも言える、絶賛を浴びた公演となった。

衛星歴4年(1999年)2月

劇団衛星の運営と劇団員マネージメントのため、有限会社設立。しかし、特に仕事はなく、なぜかエッチなゲームのシナリオなどを手がける。ゲーム会社から「これ、参考にするためにプレイしといてください」と山のように渡されたエッチなゲームを、昼間から仕事としてやっていた。

衛星歴4年(1999年)7月

吉田神社境内特設ステージでの「血の創世記」にて、近年京都の劇団が成しえなかった1000人動員の悲願を達成。「地球が終わる前にいい思い出ができた」と喜んだが、幸い地球は終わらなかった。「晴れ男」蓮行と吉田神社の霊的な力の相乗効果が恐怖の大王を退けたと思われる。

衛星歴5年(1999年)11〜12月

初の遠征公演実施。「東海道ツアー」と銘打ち、横浜・京都2箇所で公演。最後の上演は、京都に出来た新劇場「アートコンプレックス1928」こけら落としシリーズの一つ。

衛星歴5年(2000年)3月

代表・蓮行が、8年通った大学を無事卒業。その後もしばらく、「卒業は間違いでした」とか「語学の補習を受けてください」と掲示される悪い夢にうなされたという。

衛星歴5年(2000年)5月

この頃、当時衛星の作品に多く出演していた男優達が正式に劇団員となる。「京都最ハンサム劇団」を名乗る。(「京都最ハンサム軍団」と名乗るはずが、とある劇場の演劇祭のチラシの掲載ガイドラインにひっかかり、いつのまにか直されてしまっていた。)

衛星歴6年(2000年)11月

国民生活金融公庫からの融資で、初めて新車を購入。あまりの性能に驚く。

衛星歴6年(2000年)12月

20世紀最後に、劇団衛星の代表作であった「脳天気番長シリーズ」旧作3本に新作1本を加えて、一挙上演の「脳天気番長演劇祭」を、京都駅ビル・シアター1200(現・京都劇場)にて上演。一日4ステージを3日間上演するという無茶な企画であったが、最終ステージは役者が喉を潰し公演中止の事態に陥る。

衛星歴7年(2001年)12月

梅田にあった劇場「よしもとrise-1シアター」にて、ヨーロッパ企画と合同公演。「京都頂上決戦」と銘打ったその戦いの結果は、「動員はヨーロッパ企画、制作力は衛星」と劇場スタッフに評される。

衛星歴7年(2002年)3月

アルカイックホール・オクトオリジナルミュージカル「歌謡曲オペラ・絵殿」を製作・上演。代表・蓮行が本番直前に丼屋で食あたりになる。その時の体験がその後の作品に活かされているとかいないとか。(その丼屋チェーンは後に「ブラック企業」の代表格として社会的制裁を受ける。)

衛星歴8年(2002年)10月

それまで代表宅の一室を事務所にしていたが、別にアパートを借りてそこに事務所を移す。そこも狭すぎたため、ミーティングの際には、数人が立っていた。

衛星歴8年(2003年)1月

京都府宇治市の小学校にて、演劇の手法を教科学習に取り入れる実験授業に携わる。以降、「演劇で学ぼう!」ワークショップ展開につながる最初の活動となる。

衛星歴8年(2003年)6月

客席限定50席の舞台と客席が一体となった可搬型劇場「コックピット」を製作し、「劇団衛星のコックピット」を上演。その後、各地での上演を行うが、数ヶ所で上演した後、運搬が大変すぎる…という理由で、2005年12月に一時中止。(ちなみにこの初号機は、東京での公演が終わった直後に、東京「夢の島」に葬られた。)

衛星歴8年(2003年)8月

劇団員のうち約10人が一挙に退団。このことがキッカケで、劇団全体のプロ化に大きくシフトチェンジする。

衛星歴9年(2004年)7月

お茶会演劇「珠光の庵」を京都・誓願寺で初演。お題字は裏千家のお家元が書いてくれた。その後、全国47都道府県制覇!を掲げ、各地での上演を行うこととなる。

衛星歴10年(2004年)

この頃から、戯曲賞の1次審査すら通らない状況に嫌気が差し、「傷つくのが怖い」という理由で、OMS戯曲賞をはじめとする各種戯曲賞への応募をやめる。(だが、賞をくれるというとこがどっかあるなら、いつでも超ウェルカムです!)

衛星歴10年(2005年)7月

銀行からの融資で、ツアー用の8人乗りの中古車を信じられない安価で購入。6箇所のツアーに使用したが、酷使し過ぎた結果、約1年で廃車に。でも十分に元は取った。

衛星歴10年(2005年)8月

松下電器産業「わくわく体験ディスカバリー」のプログラムとして、演劇で学ぼう環境問題「環境警察2205」を上演。以降、各地でのワークショップ公演実施へと展開する。

衛星歴11年(2005年)9月

劇団員全員がアルバイトを辞め、演劇一本で生計を立てる生活をかろうじて開始。「おそらく日本で唯一(当時。今は3つくらいある。)のフリンジ(小劇場)専門のプロ劇団」という触れ込み。「自転車で綱渡り操業」を現在も継続中。

衛星歴11年(2005年)12月

裁裁判演劇「大陪審」初演。某ブラック丼屋チェーンが社会問題化する10年近く前から、演劇によって社会に警鐘を鳴らす。(我々が色々と先に行き過ぎているのは我々にも責任があるが、社会の方にももう少し早く追いついてほしい。)

衛星歴12年(2006年)9月

国民生活金融公庫から借りた最初の融資を完済。代表と経理、胸が一杯になる。

衛星歴12年(2007年)1月

オーディションで選ばれた参加者との競演公演「フルベース」上演。出演してくれた役者さんの中から、衛星の次代を担う新人が発掘されれば…、という思惑もあったが、終わってみれば劇団員が1人行方不明になり、マイナス1人という結果に。

衛星歴13年(2007年)

全国47都道府県制覇を目指す、お茶会演劇「珠光の庵」で、全国各地で上演を続ける。この年は福島県・北海道・岡山県と京都府で上演。その他学校公演なども手がける。  

衛星歴13年(2007年)11月

第15回北九州演劇祭コンペティション部門参加公演に選ばれ、「大陪審」を北九州で上演。劇団衛星の作品が初めて九州へ上陸した。

衛星歴13年(2008年)5月

黒木陽子・紙本明子のユニット「ユニット美人」が第15回ガーディアンガーデン演劇フェスティバルに選ばれ、東京・吉祥寺シアターで上演。その後のモテ街道への第一歩を飾る。(引き続き現在も各方面よりお声がかかるのをお待ちしてます!)

衛星歴14年(2009年)5月

裁判演劇の第二弾「控訴審〜大陪審セカンドファイル」初演。「若手劇団とのコラボレーションによる実際の裁判を基にしたお寺のお庭での野外劇」で、今思うとコンセプト的に詰め込み過ぎである。

衛星歴15年(2009年)11月

諸事情あって、事務所を引っ越し。前事務所から一駅移動しただけの引っ越しだが、一回り広いスペースを手に入れる。(この「諸事情」は裁判劇第3弾のネタになるかも検討されたが、「物語的に盛り上がらなさそう」という理由で見送られた。)

衛星歴15年(2010年)4月

文部科学省「児童生徒のコミュニケーション能力の育成に資する芸術表現体験」事業開始に伴い、小学校でのワークショッププログラムにさらに広く実施するようになる。かつては学校を訪ねていっても不審者扱いでインターホン越しに追い返される体験をした身としては、隔世の感がある。

衛星歴15年(2010年)7月

京都・四条烏丸に「アートコミュニティスペースKAIKA」誕生。劇団衛星がフランチャイズカンパニーとして活動、蓮行が芸術監督に就任。

衛星歴15年(2010年)9月

劇団結成15周年の年に、劇団とお金にまつわる社会派悲喜劇「ブレヒトだよ!」(初演:衛星歴13年)を、KAIKAと北九州・枝光本町商店街アイアンシアターにて再演。

衛星歴16年〜17年(2011年)7月〜11月

完全可搬型劇場、再び!「劇団衛星のコックピット」を国のお金をいただいて製作。京都・KAIKAをスタートに、北九州・さいたま・武蔵村山・豊橋・奈良と5都市ツアーに回る。(平成23年度公共ホール演劇ネットワーク事業)

衛星歴17年(2012年)2月

KKAIKAと同じ建物内に事務所を移す。長らく拠点にしていた左京区を離れ、下京区へ。この頃よりKAIKAに集まる若い団体や俳優・演出家たちと一緒に活動することが増えていった。

衛星歴17年(2012年)2月

大阪大学21世紀懐徳堂で行われた「ロボティクス演劇祭」にて、「劇団衛星のコックピット」上演。青年団のアンドロイド演劇や、いいむろなおきさんのロボットマイムなど、「ロボット関連の科学技術×身体芸術」の競演であった。

衛星歴17年(2012年)6月

「サードハンド」上演。筋金入りの非喫煙者(分煙推進派)である蓮行が贈る、「煙草」をテーマにした社会派コメディ。であったが、かわいい女の子達のエロいシーンに注目が集まり、「そちらを強調して宣伝した方が良かったのではないか」の声も一部から聞かれた。

衛星歴18年(2013年)4月

お茶会演劇「珠光の庵」の九州ツアー。前年に大分・熊本・長崎・佐賀で上演し、この年、宮崎・鹿児島・山口で上演。九州7県制覇を果たす。温泉に入ったり、劇団員のご実家でBBQを楽しんだり、ツアーがどんどんと慰安旅行化。会場選びの際も「何が地元グルメか」等が議論の中心となる。

衛星歴19年(2013年)10月

「岩戸山のコックピット」開催。劇団衛星の3部作+for childrenバージョンの4作同時上演のほか、総勢10団体以上がコックピットを舞台に作品を発表した。2004年にあんなに大変だったお祭り公演を、喉元の熱さも忘れ、再び。

衛星歴19年(2014年)4月

「珠光の庵」滋賀公演。47都道府県のうち、半分制覇。

衛星歴19年(2014年)7月

城崎国際アートセンターに滞在し、お茶会演劇のインターナショナルバージョン「珠光の庵〜遣の巻〜」を創作。温泉と地の食べ物を満喫し、海外上演を目指す決意を新たにする。

衛星歴20年(2014年)11月

20周年記念公演第1弾として、「超贋作 サロメ/オイディプス王 〜冒涜版〜」上演。
創劇の過程では色々まともな事ばかりが気になり、「ああ、随分と丸くなったなあ…」とシミジミしてしまう。

衛星歴20年(2015年)6月

劇団衛星が結成20周年を迎える。

衛星歴20年(2015年)8月

20周年記念公演第2弾として、「プロトタイプ」開催(予定)。

そしてこれからも、各地で公演・ワークショップなどを実施していく予定。

劇団衛星用語

衛星歴:

劇団衛星では、西暦や和暦など既存の暦は使わず、衛星設立の年を元年とした「衛星歴」を使用。当初9月1日がお正月としていたが、劇団15周年を機に、衛星歴16年より10月1日がお正月で、9月30日を大晦日と変更。きちんと忘年会・新年会などもやる。

リリック:

上演台本のこと。劇団旗揚げ当時、まわりの劇団が台本を「レパ」と呼ぶのに対抗して、「リリック」と呼び出した。一時期、衛星で演劇を始めた人は、そう呼ぶものだと信じていたこともある。ちなみに、劇団衛星では稽古場で口立てで台本を作ることが多いが、その作業のことは「リリッキング」と呼ぶ。

ガーネル:

金槌のこと。通常は「ナグリ」と呼ばれたりするもの。この呼び名は、「リリック」ほどは定着せず、劇団内でもそういう呼び方をする者はほとんどいなかった。というか忘れてた。

ヘディング:

小道具や美術など舞台上を開演出来る状態にする事。まわりの劇団がこの事を「頭飾り」と呼んでいた時はまだ我慢できていたのだが、2009年前後からその事が「プリセット」と呼ばれ出している事を知ると辛抱たまらず、遂に劇団衛星内では「ヘディング」と呼ばれることとなった。

カフェ:

劇団衛星の全体ミーティングのこと。旗揚げ当時は、本当にお茶とお菓子を用意して、カフェを楽しみながらミーティングをしていた。今でも劇団内では普通に使っている言葉である。

劇団衛星パトロンの会:

劇団自ら発足したオフィシャルファンクラブ。衛星歴元年(1996年)6月発足、最大で3ケタを突破したが、衛星歴8年(2003年)8月でもって会は終了。

劇団星衛(ほしまもる):

劇団衛星の二軍(ファーム)劇団。明日の衛星をしょって立つ人材を育成するために、衛星歴4年(1998年)9月「新人錬成の会」として発足。衛星歴5年(2000年)4月「劇団星衛」に改名。初代座長は黒木陽子。三代目座長まで続いたが、衛星歴8年(2002年)10月に活動終了。星衛さんという同姓同名の無関係の人が、わざわざ東京から宴会に来てくれた(実話)。

ユニット美人:

劇団衛星の黒木陽子・紙本明子を中心に、衛星歴9年(2003年)11月から活動を開始した、美人ユニット。「モテモテになること」を目指し活動中。最近は少しずつモテてきたと実感しているが、今後は寄る年波との戦いに備え、初心を忘れず日々精進中。

テキロ:

テキロとセキト:劇団衛星で所有する車両の呼称。漢字で書くと「的廬」と「赤兎」。これまでは「機動戦士ガンダム」と「三国志」を出典として、「ν的廬mk II(3代目)」とか「赤兎ΖΖ(5代目)」などが正式名称だったが、あやふやになってきたので、「新車には頭にνを付ける」ルールのみが残り、それぞれ「ν的廬」と「ν赤兎」が今は正式名称。

角丸